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矯正歯科2023/10/21

矯正歯科の歴史と抜歯論争

矯正歯科の歴史と抜歯論争

 岡山市のうえき矯正歯科です。
今回は矯正歯科の歴史と抜歯論争についてご紹介したいと思います。
矯正治療における抜歯・非抜歯の論争は、矯正治療が確立された時代にまでさかのぼります。

アングルの非抜歯理論

近代矯正学の父と言われるアメリカのアングル(Angle)は、1900年代初めに歯科矯正学を一つの専門分野として確立しました。
アングルは研究成果や治療例を紹介した教科書を7回出版しており、第6版までには抜歯症例が多く紹介され、重度の上顎前突では抜歯を奨めていました。ところが突然、アングルは矯正治療における便宜的な抜歯を否定するようになり、弟子に第6版を市場から回収するよう命じます。こうして抜歯に対する反対意見が急激に強調され始め、第7版では抜歯という項目がなくなってしまいました。
「歯の全てを使って正しい咬合が得られるように歯を配列すれば、最も美しく調和した顔の審美性も得られる」という非抜歯理論に、アングルは最終的にたどり着いたのでした。学問上の宿敵ともいえるケース(Case)との対立がその理由ではないかといわれています。

抜歯か非抜歯か

ケースは「矯正治療における抜歯問題への疑問」という論文を発表します。多勢のアングル学派に対し、孤立無援のケースは決して頑固な抜歯論者ではなく「咬合異常の原因についての慎重な検討の結果によれば、抜歯もまたやむを得ない場合もある」という冷静な論調でした。今日の考えからするとケースの方が当然まともな意見なのですが、当時はアングルの方が正しいとされていました。
アングルは、非抜歯理論を確実に実現させるためには、歯を傾けるような動かし方ではなく、平行移動するメカニズムが必要だと考え、研究を重ねた末、1926年にエッジワイズ法を考案しました。

抜歯への回帰

アングルの没後、多くの矯正歯科医が、エッジワイズ法でいかに完璧に治療を行っても、高頻度の後戻りと顔貌の悪化(口元の突出)に悩まされるようになり、そもそも非抜歯という治療方針そのものに無理があるのではないかと考えるようになりました。
アングルの最後の弟子の一人であり一番弟子であったツイード(Tweed)は、非抜歯治療に限界を感じ、抜歯による再治療を密かに行い、1940年に「抜歯による矯正の再治療100症例」というタイトルの発表を、なんとアングル学派の学会で発表しました。同門の長老ストラング(Strang)は激怒しましたが、講演前に症例の模型を見て、あまりにも綺麗な仕上がりの数々に度肝を抜かれました。講演後、罵声を浴びせられるツイードをストラングは擁護したといいます。その後、ストラングをはじめとする多くの矯正医は、競ってツイードのいるアリゾナへと出向きました。
それでもなお非抜歯理論が優勢であったのは、アングル夫人が矯正歯科会に君臨していたからだと言われており、1957年にそのアングル夫人が亡くなると、雪崩を打ったように抜歯論へと転向していきました。

エッジワイズ法の完成

ツイードは、抜歯治療を行いながらも恩師アングルの2つの遺訓を守りました。
1つは矯正歯科専門医制度の確立でした。州議会で症例を議員たちに見せながら説得にあたり、全米で最初の「矯正歯科専門医」となっています。
もう1つはエッジワイズ法の完成です。恩師アングルのエッジワイズ法は、その論敵であったケースの”熟慮の結果ならば抜歯もまたやむを得ない”という考え方によって初めて正しい治療として完成させることができたのです。
アングルが考案しツイードが完成させたエッジワイズ法は、現在でも広く用いられています。

矯正治療の現在

現在においては抜歯もやむなしという矯正歯科医が大半なのですが、それでも「絶対に抜かない」という考え方もあり、世間や矯正歯科学会を惑わしています。矯正治療では、抜歯も非抜歯もどちらも必要であり、いずれかの意見に固執することは「間違い」と言わざるを得ません。
ローフリクションシステム、矯正用アンカースクリューなどの開発によって治療法の多様化が進み、非抜歯での治療が可能な症例も増えているといわれています。しかしその一方で、非抜歯が原因での上下顎前突による口元の突出や、拡大床装置やアライナーによって物が噛めなくなったなどの失敗症例の報告も増えてきています。
ケースは「抜くべき歯を抜かないのは、抜いてはならない歯を抜くのと同じである」という言葉を残しました。現代においても私たち矯正歯科医はこの言葉を肝に銘じて診断にあたるべきだと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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矯正治療における抜歯の考え方

参考文献
日本歯科評論779号/福原達郎:歯科矯正学入門  など